馬鹿が家を出て行ってからほんの10分も経たぬうちに雨が降り出した。 随分と不機嫌そうだったように見えたが、今日は構う気にもならなかった。 どうせ、風渡の所へ行くのだから。 独占欲 - 後編群青 流馬 / 台岱 夕 (Whiteh heaven)「お邪魔しますーっていうか広いっすね流馬さんち。」 「いや、それはいいんだが・・・馬鹿に会わなかったか?」 「真衣っすか?会ったけど何か矢麻吹んち行くとか言ってましたよ。」 「・・・そうか。」 やっぱりな。まぁ何でも好きにすればいいんだが。オレには関係無いし。 オレはとりあえず台岱を部屋に上げた。 「てっきり真衣も一緒に遊ぶんかと思ってたんですけどね。」 「オレもそのつもりでいたんだが・・・」 和真ほど仲が良いワケでもないから、台岱と二人きりというのはあまり慣れない。コイツを家に招いたのもどうせ真衣もいて3人になれば気まずさもないと思っていたからだった。それが今日に限って機嫌悪くしてどっか行くとは思いも寄らずにいた。 「関係ない。奴は今風渡に夢中のようだからな。」 「あぁー・・・まぁ最近よく話してるトコ見かけますねー。あ、・・・もしかして妬いてます?」 「面白い。・・・そう見えるか?」 台岱にはそう返したが、あながち外れでもなかった。 妬いてるという表現は正しくないが、今まで散々オレに付きまとっておきながら急に風渡のことばかり言い出されたら、こちらにもプライドがある。 「真衣は何か言ってたか?」 「あー・・・超ネガティブでしたけど。アタシはいらないとか流ちゃんは悲しまないとか、凄かったっす」 「オレに原因があるのか、そりゃ・・・」 時々、真衣の存在が何なのか考えることがある。 長い異国での生活を終え、日本に帰ってきて最初に出逢ったのが真衣だった。オレよりも年上なくせにガキのような性格で、初めは心から嫌いで早く関係を切りたいとさえ思っていた。 オレがどんどん奴を嫌いになるにつれ、コチラの意志とは裏腹に真衣はオレにくっつき歩いて、仕舞いには勝手に恋人という設定にされたこともあった。それが今では鬱陶しく感じないのだから重症なのだろう。 しかしそれは決して良いことではないとオレはとうに気づいていた。 真衣は不老と言っても不死ではない。オレと共にいれば危険が多くなるばかりの筈で。 「このまま、風渡と一緒になればいいさ。」 思ってもいないコトまで吐き捨てていた。風渡には申し訳ないが、それが有り難い。オレは仲間意識というモノが持つに持てない環境にある。仕方なかった。 「分かりますよ。娘が嫁に行く時の父親の気持ちっすね?」 「・・・は?」 「保護者の目っすよ!嬉しいけど娘が離れていくのが悲しいあのカンジ!!いつまでも娘を独占してたいモンなんですよね!・・・オレ子供いないけど」 そうかもしれなかった。向こうも、もしかしたらそう思っているのかもしれない。しかし、だとしたらオレは台岱といるのだから嫉妬はおかしい。 「・・・なぁ台岱。真衣は、オレが男が好きだとでも思っていると思うか?」 「へ?あ!あぁ、んなコト叫んでましたよ。この男好きー!って言ってました。」 「なん・・・だと・・・」 「大丈夫っすよ。オレには流馬さんが男好きには見えねぇっスから。それよか、仲直りできるといっすね!」 「・・・。」 その晩、結局真衣が帰ってくることはなかった。しかし割と気まずくなく台岱と過せたこともあり、翌日目が覚めるまで、オレは真衣のことを自然に頭から離していた。 明け方5時半、台岱は最後まで不慣れな敬語でオレと接した。何度タメ口でいいと言っても聞かなかった。その敬語にも慣れた所で、オレは台岱を見送りに国道まで歩いた。雨もとっくに止み、草木の上で水滴が眠るその光景は、前にオレが雨に降られて台岱の家に上がり込んだあの時と似ていた。 「気を付けて帰れよ。」 「どもっす。また遊びにきますよ、矢麻吹連れて!」 「ああ。」 大きく手を振ってから背を向けた台岱を、オレは姿が消えるまで見ていた。 その反面、待っていたのかもしれない。あの馬鹿を。気づけば6時を回っていた。そろそろ帰ろうかと思った、その時だった。 鬱陶しそうな長い髪を揺らして、見覚えのある馬鹿面がこちらへ歩いてきた。 馬鹿はオレに気づいたのか、眼が合った瞬間、全速力かって程のスピードで走り出した。そして決まり切った、うざい絡み方。 「バカッ・・・ッ痛!馬鹿抱きつくな!」 「ごめんね流ちゃーん!!大好き!ずっと一緒にいてね!あいらぶゆー!」 やはり馬鹿だ、コイツは。一人で深刻になってた自分がアホらしくなった。 ・・・・しかしコイツは、まだ、風渡にやるには勿体ないな。 「とりあえず離れろ」 「・・・じゃあ、許してくれる?」 「あぁ。ていうか、別に悪いことしてないだろお前。それより!家に帰ったらまず最初に何と言うんだ?ごめんねなんていう挨拶はオレは知らんぞ?」 「えへへッ、 ただいま!」 「・・・・よし。」 オレはそのまま真衣の手を握って、短い家路までを歩くことにした。 風渡。奪えるモンなら奪ってみろ。まだ当分負けんからな。 ・・・なーんてな。 |