少し長い連休が始まり、オレは、日本から遠く離れたこの国に帰ってきた。 連休と言ってもそんなに長いものじゃない、学校の都合とか土日、祝日が重なったたった四日の休み。 でも、そんな「たった」の為にアメリカまで来させてしまうあたり、あの親は厳しいと思う。 そう、今回は楽しい里帰りというワケじゃない。 父さんに貰った電話がきっかけだった。 最近学校で二者面談があって、なんていう在り来たりな近況報告から始まった電話。 でも父さんが言った「中学卒業したらどうするの」という質問から、和やかな雰囲気が溶け出した。 地球破壊。それだけを考えて生きていた。 だから、長く生きるなんてことは自分でもないと思っていたし、今までずっと「お前の好きなようにやんな」と言っていた父さんがオレの将来を“聞く”なんてのはすごく珍しいコトだった。 「あ――。い、一応進学校に行こうかなって思ってるんですけど・・・」 そんな思ってもいないことを無意識に口に出せば、父さんはいつものようにゆったりした口調で「そうか」なんて言うのだけど、いつもより違和感のある返事だった。 まるでオレの反応を試している、なんて思ったコトは勿論言わない。でも。 「今週の金曜日、すぐアメリカに帰ってきなさい。」 その唐突で脈絡のない命令に、オレは思わず「なんで」と返していた。 父さんは「話したいことがある」とだけ言って、その後は、その話題に対しては何も言わなかった。 もしかして、オレ達のしようとしているコトが父さんにバレたのか、 そんな、どうにもならない不安と恐怖を感じながら、実家の前で足を止め、ふと、目に入った馴染みの店に入った。そこは小さな骨董店で、聞いたこともないような音楽が流れていた。 「万年筆・・・。」 分厚いガラスケースの中に、綺麗に手入れされた万年筆が何本も置いてあった。 たくさん色があったけれど、どの色も鮮やかに輝いていた。それらを見て、いつだったか、オレが父さんの万年筆を折ってしまった時のことを思い出した。 あの時はどんなに怒られるかって心配になって家出まで考えたっけ。そしたら父さんは全然怒らなくて、でも結局母さんには怒られて・・・。 無意識にそんなコトを考えていたら、オレはいつの間にかその700$の万年筆を買って店を出ていた。 blue風渡 矢麻吹 / 風渡 駿河 (White heaven)ただいま、 の返事は無かった。 そのまま キィ、と小さく軋む音の鳴る玄関を抜けると、柔らかい海からの反射光を受けたリビングが広がっている。傾きかけた陽の光が壁を撫でる、何の音もなく存在するこの空間。全てを支配しているように感じた。 そして、オレはそのすぐ後に、ソファーに深く腰掛けている軍人の姿を見た。 「、 父さん。ただいま」 返事はない。近くまで寄ってみると、軍服も片づけずに脱ぎ捨てたまま、ぐっすりと寝ていた。 仕事を持ち帰ってきたのか、テーブルの上には小難しいコトがたくさん書かれた書類の山があり、それの一部は父さんの膝の上と床にも散らばっていた。 手には火がついたままのタバコを持っていて、もう着火部が手の所まで到達しそうだった。 「・・・ったく、危なっかしいなぁ・・・!」 オレはこのヒトの手に持たれたタバコを取り上げて、灰皿に押しつけた。そして床に落ちた資料を数枚拾って、さり気なく「子供じゃないんだから・・・」と愚痴をこぼす。 でも、冷静に考えると、このヒトがまだ日が落ちる前のウチにいて、こんな顔で眠っていたことが今までにあったろうか。 オレの記憶の中の父さんは、オレが寝た後、もしくは起きる少し前くらいの時間に帰宅し、数時間だけ寝てまたすぐに夜中まで仕事に出かけていた。 いつもボーッとしたような顔をしていて、オレがどんなに話しかけても話には集中できていない。 要するに、単純に疲れすぎているんだと思う。 元からあまり騒いだりしない父さんは、いびきどころか寝息すらも聞こえず、眠ったというよりは死んだようにそこに居た。 「・・・・。」 オレに、何かを話すために、軍の仕事を打ち切って、今、我が家にいるんだと気付いた。 ここでいつもの母さんのように「そんなトコで寝ないの!」と言ってたたき起こすという選択もできるのだけど、あまり今はそんな気持ちにはなれない。 テーブルの隅に置かれた空のマグカップを拾い上げ、そこに新しいコーヒーを入れた。 猫舌でも大丈夫なように少し早めに、なんて。15にもなってこんな小さい親孝行か と思ったら思わず笑いが漏れてしまった。 「・・・。 ・・・・やまぶき ?」 何の拍子か、父さんが起きていた。 タバコの火がつけっぱなしで家事になるよ、と強めに小言を言ってみるものの、まだ眠いのか聞いていないのか、ぼーっと海を眺めたまま動かない。 「・・・・あー・・・・、いつから寝てたんだろ」 「知らないですよもう・・・・いつ家に帰ってきたんですか。」 「・・・・・・・・2時頃。」 あの電話の時感じた「何らかの恐怖、不安」はどこにもなく、そこにはただ、いつものようにボーッと呆ける父さんがいた。今ここで、この前何を言おうとしたの と聞くこともできるけど。 そんなの、今は、ねぇ。 「父さん。」 「ん」 「プレゼント。父の日とか祝ったことないしあげます。」 バックから取り出した万年筆の入ったケースを父さんに差し出すと、彼は少しの間、それを眺めていた。そして「なんでわかったの」と、笑いながらオレに言う。 その、あまりに簡単すぎる質問に、オレは意地悪げに笑って、こう返してやった。 「バカにしないで下さいよ、知っててあったりまえでしょう? あんたの、 好きな色くらい。」 その、綺麗な万年筆と同じ色をした瞳が、 「おかえり。」と言ってコチラを向くのは、それから間もなくしてだった。 |