雨の臭いがする。きっともう10分もしないうちに降り出すんだろうな。
時刻は4時30分。曇天の所為もあってかいつもの4時半より薄暗い。

廊下を歩いているとパソコン室の前でドキリ、と体の中の何かが反応した。
こういう時は大体―・・・。

「ブッキー!」

パソコン室の中から手を振る笑顔の少女。
ツインテールがふわりと揺れて、彼女はこちらに走ってきた。


いちご味

風渡 矢麻吹 x 村雨 真衣 (White heaven)



「真衣・・・さん」
「良いトコに!今ねー居残りさせられてんだけどパソコンの使い方判らないの。教えて?」

真衣さんは顔の前で両手を合わせた。片方しか見えない瞳と視線が合う。

「あ・・・いいですよ。」
「やったー!ブッキー大好き!」

「台岱さんが来るまで」と続けようと思ったのだけど、それを口に出す前にオレは真衣さんに手を引かれパソコンの前に連れ来られてしまった。

「あの・・・・」
「何か文集の作文書きなんだけどーワード?って使い方判らなくてさぁ」

つい最近出会って、つい最近戦った彼女。
戦っていた時は恐ろしかったけれど、決着が着いてからははただの同級生として振る舞う彼女。
真衣さんは面倒だよねーと何度も呟きながらパソコンの画面を見ていた。

「ココなんだけど、判る?」
「あッ、え・・・?」
「もー聞いてなかったの?頼むよブッキ〜」

我に返って画面を見るとページ設定のウィンドウが表示されていた。
聞き返すと行数指定が判らないとかで。

「あぁ、それはここの数字を――・・・」
「わ!凄いねブッキー!ありがとー!」

ニコリと笑いを零した真衣さん。顔立ちが良い彼女の笑顔は普通に見れば可愛らしいもの。
なのにオレにはそうは感じられなかった。悪い人ではない、おかしな人でもない。
だけど、あの時の冷たい笑顔が離れなかったんだ。
コチラと離していても、コチラの事など考えもしていないような視線。そして笑顔を浮かべたままオレを殺そうとした、あの時の真衣さん。
それがどうしても頭に焼き付いていて、また、あんな事が起こるんじゃないかって。

オレは真衣さんから離れたい気持ちを抑えられず、思わず苦笑してしまった。

「もう、帰りますね・・・」

真衣さんの表情が少し変わった、気がした。
その後、足早に歩き出したオレの背に言葉をひとつ投げかけた。

「アタシが怖いかな?」

思わず振り向いてしまったオレに、真衣さんがクスリと笑う。
椅子から降りた彼女はコチラへとゆっくり歩いてくる。
そして、オレとの距離が30cmほどの所に来て、手を伸ばした。

「はい」

視線を下ろすと、真衣さんの手には小さな袋が乗っていて。

「飴・・・ですか?」
「そ♪ブッキーがアタシを怖がらなくなる魔法の薬!」

そう言って真衣さんはオレの手をつかみ、無理矢理飴を握らせた。
相変らずな笑顔を見せながら。

「このアメすっごく美味しいんだよ。流ちゃんにしかあげたコトないんだから!」
「ありがとう・・・ございます」

短い会話を交わした後、少しの沈黙が続いた。
そしてその沈黙は真衣さんの「じゃあね。」という別れの挨拶で破られる。

「さよなら・・・」
「ブッキー」


「それ、アタシが一番好きな味だから大切に食べてね♪」

そう言ってはにかみ笑いした真衣さんに、オレは自然に笑顔を向けていて。
「ハイ。」と返事をしてパソコン室を出た。

「ありがとう。」


聞こえるはずの無いお礼の言葉を、ドア越しに呟く。
あんなに恐ろしかった彼女の笑顔が、もう一度見たいと思った午後4時45分。
雨が音を立てて降り出していた。
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